東京地方裁判所 昭和42年(借チ)6号 決定 1968年3月15日
申立人 鈴木謹次
相手方 宗教法人蔵前神社
右訴訟代理人弁護士 若泉ひな哉
主文
申立人が相手方に対し、本裁判確定の日から六カ月以内に金一五〇万円を支払うことを条件として、本件借地契約を堅固建物所有目的とするものに変更し、その存続期間を昭和四二年一月一九日から五〇年と定める。
理由
一、申立の趣旨
申立人は台東区蔵前三ノ二〇ノ一三宅地七四・三七平方米(二二・〇五坪)(本件借地という)を、相手方から昭和二二年一月一九日木造建物所有を目的とし、期間を二〇年と定めて賃借した。その後申立人は本件借地を申立人が代表取締役として設定された有限会社鈴木商店に転貸し、同会社が木造瓦葺二階建店舗兼居宅床面積一、二階とも六五・八四平方米(一九・九二坪)(本件建物という)を建築所有して今日にいたっている。
ところで、申立人は右転借人との間で転貸借契約を合意解除し、本保建物の取り毀しをまって、本件借地上に鉄筋コンクリート造地下一階地上四階の建物を建築する予定を立て、本件借地契約の条件変更について相手方の承諾を求めたところ、その条件について協議が成立しないので、本申立に及ぶ。
二、本件資料によれば、前項記載の事実のほか、次の事実を認めることができる。
1 本件借地は、商業地域準防火地域内にあり、中小企業の問屋街の一隅を占めるものであって、近年附近一帯に鉄筋コンクリート造の建物が建築されつつある状況にある。従って、本件借地について、条件変更を相当とするにいたった事情の変更があるものと認めるのが相当である。
2 申立人は前記のとおり本件借地を転貸しており、相手方はこれについて明示の承諾を与えていないこと及び昭和四二年一月一八日借地期間が満了したが、その際申立人と相手方との間で、更新料の額について協議が成立していないことが認められるが、相手方としては申立人において相当額の金銭を支払えば、契約を解除し、もしくは更新を拒絶する等により借地契約の存続を争う意思を有しているものではないことが認められる。
以上の事実によれば、本件申立はこれを認容するのが相当である。
二、そこで、附随の裁判の内容について検討する。
1 鑑定委員会の意見によれば、本件借地の更地価格を坪当り四五万円、借地権価格をその七五%、三三万五、七〇〇円と認定した上で、条件変更に伴ない借地人が地主に支払うべき金額を借地権価格の二〇%にあたる六万七、五〇〇円(合計一四八万八、三七五円)を相当としており、更に本件借地の適正賃料としては、底地価格を元本価格として利廻り年六分として計算した上(諸税、管理費用を加える)、前記給付額を三〇年分の賃料の前払いとして控除した結果、一ケ月二六五円三五銭を相当と認め、現在の賃料一四三円との差額一二二円三五銭を増額すべきであるとされている。
2 申立人提出の鑑定書によれば、本件借地の更地価格を坪当り四三万八、九〇〇円と認め、条件変更に伴ない借地期間が六〇年延長となることを前提として、二〇年毎に三回更新されるものとして(更新料を地代の一部前払いとみ、これを更地価格の六%をもって相当とする)、更新料の額を求め、二、三回目の更新料について年利六分の復利現価率を乗じて得た金額の合計八一万九、六〇〇円とこれに堅固建物の建築による土地利用率の増加分として、右の金額の二四・三%(本件土地については、木造の場合には三階建まで、堅固な建物では、四階まで利用できるものとして)を加えた金一〇一万八、八〇〇円をもって借地人から地主に支払うべき額とされている。
3 相手方提出の鑑定書によれば、本件借地の更地価格を四五万円、更新料を更地価格の七%、堅固建物建築による効用増を五六・二五%(木造建物については二階、堅固建物については四階とする)とするほかは、右鑑定書と同様の計算により合計金一五二万九、〇〇〇円をもって給付相当額としている。
4 ところで、借地条件が非堅固建物所有目的から堅固建物所有目的に変更されることは、法律の規定からみれば借地期間の延長を伴なうにすぎないのであるが、実質的にみれば建物の種類構造によっては、殆んど半永久的に存続できるものとして建築することも可能であり、将来建物の朽廃による借地権の消滅ということは問題とならないことになりうるばかりでなく、仮りに期間満了の際に賃貸人に正当の事由が認められる事情が生じても、借地権者から買取請求権を行使されることを考慮すれば、事実上更新拒絶権の行使を制限されるということも考えられる。従って、この条件の変更は単なる法定の存続期間の延長という点から評価すべきものではないというべきである。なお、借地権が法定の事由により更新される場合にも、借地権者が一定の割合の更新料を支払うべきであるとする慣行の存在自体もしくはその合理性についても疑問がないわけではない。
次に、高層建物を建てることによって借地権者はその受ける利益を増大することができるが、これは借地権者が建物等に投下した資本に対する利潤とみるべきであって、そのこと自体土地所有者に対して不利益を与えるものではない(高層建築が建てられたため周囲の所有地が日照をさえぎられることになる等の事由により、価格が低下する等の特段の事態を生じない限り、土地所有者に直接の不利益はない)従って、高層建物の建築によって生ずる土地の効用増を評価して借地権者の給付すべき金額に繰入れることについても十分の理由があるとはいえない。
以上の理由により、当裁判所は当事者双方の提出した鑑定書に示された計算の方法は、これを採用しない。こととする。
5 本件においては、仮りに申立人において本件借地に四階建の建物を建築したとしても、附近一帯は商業地域であることを考慮すれば、そのことによって相手方に不利益を与えるような特段の事情は認められないから、借地条件の変更によって相手方に与える不利益は、前示したように正常な借地関係が継続する限り、建物の朽廃または相手方に生じた事情によって契約関係を終了させることが極めて困難となるであろうということに他ならないものと考える。この不利益をいかに評価するかについては、既定の基準は存在しないので従来権利金等の授受の認められない本件借地関係の経緯等を斟酌した上で、当裁判所は鑑定委員会の意見に従がい、土地の価格の一五%にあたる金一五〇万円(端数切上げ)をもって、申立人が相手方に支払うべき金銭の額と定める。
6 借地契約の存続期間については、更新されたとき(昭和四二年一月一九日)から五〇年と定めることとする。なお、賃料については諸般の事情を考慮し、増減をする必要がないものと認める。<以下省略>。
(裁判官 西村宏一)